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月下の虹



メールなど書いてみる。
「こんにちは、お元気ですか?私は元気です。」
ここまで書いて先に進めない。
何度も書いては消し書いては消したもののいい言葉が出ない。
結局最後には用件だけになった。
「食事に行きましょう。」
用件は伝わるが感情が入らない。

ドキドキしながら付け加える。
「デートですね。」
思わずこれでいいのか自問したが結局書いたまま送信した。

女性を誘うのにこんなものでいいのか考えたものの
出したメールは二度と戻ってこない。
送信済みアイテムを眺め些か後悔の念に駆られる。

返事はすぐに来た
「ありがとう、デートですね。」
文面はそれだけだった。
あっけないほど簡単な文面だった。



電子の流れに想いを乗せあなたに届けます。
言葉は単なる記号です。
記号に想いを乗せ電子の力で届けます。
でも
記号化出来ない気持ち、デジタル化出来ない気持ち
それは逢ってあなたの瞳を見て伝えます。
あなたの瞳を見つめ・・・


僕はあなたの顔を見て
食事をして、
お酒を飲み、
手をつなぎ、
瞳を見つめ、
言葉を交わした。

あなたは僕の顔を見て
食事をして、
お酒を飲み、
手をつなぎ、
瞳を見つめ
言葉を交わしている。



ドキドキしながらでもそのドキドキを悟られぬようひた隠して
あなたの瞳を覗き込む。
瞳には僕が写り、僕の心が映っている。

「今日はとても楽しかったです、また誘ってください。」
そうあなたは言った。
「はい、また行きましょうか。」
僕は平静を装い言葉を紡ぐ。

「デート、楽しかったですよ、本当に。」
節目がちな微笑みが僕の心に染み込んだ。

そして
そっと唇を重ねた。
大人の味がした、大人の女性の香りがした。
僕はまだまだ子供だった。
彼女にとって僕はいつまでも子供なのかもしれない
でもそれで良かった。

空にはまんまるの月が光っていた
街はネオンが輝いている。
それはまるで月下の虹のようだった。

僕らは手をつなぎ歩いていた。
どこまでも続く月下の虹の下、夜道を歩いていた。
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